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青空堂本舗

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『愛される努力』

『親子の愛は普遍である』なんてことを、ときどき耳にすることがあります。
果たしてそうでしょうか。
私はそんなことは決してありえないと思っています。
こと、子供から親に対する愛情というのは簡単すぎるほどあっけなく崩れていくもののように思えてなりません。
愛されるに値する人間になること。
それが、今無条件に愛してくれている子供に対する親としての務めなのかもしれないと思ってしまった今日このごろ。

夫婦でもそうかも。

buranco.jpg

  1. 2005/04/07(木) 23:34:25|
  2. 戯れ言|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
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コメント

愛していれば!

信さん、どうしちゃった~?
愛される努力か…恋愛中なら彼に対して努力したかもね~(むか~しの話だけど…)
それは置いといて、私は娘だけだったから努力はしなかったんかもしれないけど、息子がいたら愛される努力ってしたかもね~。今私は、幹太に愛されるババになりたいと思ってる。
信さんもなぎちゃんに愛されたいと思っているんだね~わかるよ~
でも、この写真見て!なぎちゃんは信さんの事愛してるって!
(えっと、夫婦は努力必要でっす。はい!)
  1. 2005/04/08(金) 08:54:45 |
  2. URL |
  3. トシ子 #-
  4. [ 編集]

星の王子さま

幸福には「絶対的幸福」と「相対的幸福」があるそうです。
以前ラジオで「星の王子さま」を研究している作家だかなんだかが話していました。
例えば、小さな子供は大好きなぬいぐるみをボロボロになってもかわいがります。しかし、その子が成長し社会性を身に付けていく上で、ほかの子供が持っている新しいぬいぐるみと自分のボロボロのぬいぐるみを比べてしまい悲しくなってしまうのですが、やっぱり自分のぬいぐるみが好きで、捨てることができない、というようなことがよくあると思いますが、「絶対的幸福」であるボロボロのぬいぐるみを、新しく立派なものに買い換えていれば、「相対的幸福」を得ることが出来たワケです。
例に挙げたこの子の場合は、「絶対的幸福感」の方が「相対的幸福感」に勝っていた、と言うことが出来ると思います。
「絶対的幸福」と「相対的幸福」、どちらがいいとか悪いとかではなく、どちらも必要な幸福感だとは思いますが、娘には「絶対的幸福」を基準に考えられる子になってほしいと思っています。
そのためには親が、ボロボロのぬいぐるみのように「愛され続ける存在」でいることが必要だと考えています。
自分が親を愛し続けることが出来なかったので。
  1. 2005/04/09(土) 01:57:15 |
  2. URL |
  3. 信 #Qo5l1wbk
  4. [ 編集]

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